人生を記録するライフログ – 伝えることと残すこと

立ち寄った文具店で親子と思われる女性2人が遺言書のフォーマットを見ている姿を見かけました。残すべきことの準備でしょうか。人知れずひっそりと用意されそうですが、2人で見ている姿から人生の流れを自然に捉えていらっしゃるのかと想像しました。

死については完全に予測のできないことと受けとめていますので、突然そのような事態に見舞われた場合について考えることはあります。

家族や親戚に伝えておくべきこと、残すこと。1册のノートに少しずつではありますが記録しています。

ノートには、私が利用しているコンピュータやソーシャルメディアへのアクセス方法も書いてあります。

 

毎日ライフログをつけています。活用するためのライフログです。

しかし、自分がこの世からいなくなれば家族に対して残されると思います。

 

残されたものに残そうと思って残すこととは別に、人生の歩みとか考え方とか起こった事実など、普段は話さないようなことも知ってもらうことができるのでしょう。

残す内容がどうこうではなく、何かを思いだすきっかけとして残しておきたいと思っています。いつ起こるかわからないその時まで。

 

ソーシャルメディアは人と人の交流やビジネスツールとして使われますが、誰でも時間の経過と共に誰かに残すものになるのかもしれません。

そういう考えが頭をよぎる時、日頃の投稿で自分自身に対して問いかけることもあります。「これを残すんでいいんだね。」と。いつもではありませんが。

 

伝えることと残すこと。自分のスタイルで続けていきます。

そう、このブログも残りますね。